NTT西日本、福井に「町まるごとホテル」 地元の課題は

Actibaseふくい(アクティベースふくい)の樋口佳久社長(左)とオーベルジュほまち三國湊の関田清志総支配人。後ろは客室の1つである町家
日経ビジネス電子版

町を丸ごと1つのホテルにする――。そんな分散型宿泊施設「オーベルジュほまち 三國湊」が2024年1月、福井県坂井市にオープンした。16室ある客室は、半径800メートル(徒歩12分)の圏内に点在し、多くが江戸時代後期〜昭和初期に建てられた町家をリノベーションしたもの。宿泊客はまず、その中心にあるフロント棟でチェックインすることになる。赤と白に塗り分けられた鉄塔が目を引くこの建物は、NTT西日本の電話交換所の一部を活用している。

空き家が高級宿に生まれ変わった(写真=コアグローバルマネジメント提供)

この宿泊施設は、NTT西が主導するプロジェクトから生まれた。地域通信会社である同社は、19年から管内の30府県で社会課題を解決する取り組みを開始した。抱える課題は地域によって様々。ここ福井県では、宿泊施設が少ないことや知名度が低いことが懸案になっていた。北陸新幹線の金沢〜敦賀間の延伸開業が観光客を呼び込む契機になると考え、空き家を活用した分散型宿泊施設を計画。事業会社として、22年10月にActibaseふくい(アクティベースふくい、福井県坂井市)を設立した。

NTT西の出身で、アクティベースふくいの社長に就任した樋口佳久氏によると「NTT西が約6割を出資しているが、事業パートナーや地元企業に声をかけて、快く出資に応じてもらった」という。事業パートナーとしては、同じNTTグループの不動産デベロッパー・NTTアーバンソリューションズ(東京・千代田)に加え、レストランとフロント棟の設計・建築に関わる熊谷組と町家の改修に関わる住友林業。地元経済界からは福井銀行セーレン北陸電力、福井新聞社(福井市)など有力企業が名を連ねている。

総事業費は約12億円。宿泊施設を備えたレストランを意味する「オーベルジュ」として、フランス料理の著名シェフ・吉野建氏を口説き落とした。三国港は越前ガニの水揚げ港の一つとして名高く、カニ料理を売りにしている。しかし「訪日外国人(インバウンド)獲得のためには、世界に通用する食事が必要だ」(樋口氏)。

ディナーでは本格的なフランス料理のフルコースが提供される(写真=コアグローバルマネジメント提供)

宿泊料金は1泊2食付き、1室2人利用で1人4万円から。ミシュラン1つ星の店も運営する「タテルヨシノ」の食事が含まれていることを考えると割安とも言えるが、それでも2人で1泊10万円近い宿泊料金というのは、福井県ではこれまであまり見られなかった価格帯だ。ホテルの運営を担うコアグローバルマネジメント(東京・中央)の関田清志総支配人は「福井は関西からの観光客が中心だったが、北陸新幹線延伸を機に、軽井沢や金沢止まりだった首都圏の人たちにも福井まで足を延ばしてもらいたい。インバウンド比率も高めて、当面の目標としては6割を目指す」と意気込む。

自治体が公式ファンクラブを組織

地元・坂井市の池田禎孝市長は「新幹線の延伸開業に向けて、市としても観光施設の改修などに取り組んできたが、民間投資も増えており地域の魅力はより高まっている」と喜ぶ。ただ一方で、こんな弱みを吐露する。「東尋坊、丸岡城といった市内の観光地は知られているが、坂井市と言うと大阪の『堺市』と間違えられる」

24年2月11日の夜、東京・表参道に池田市長の姿があった。この日、坂井市が23年6月に立ち上げた公式ファンクラブ「坂#会(サカハッシュカイ)」のイベントを開いたのだ。地元出身者だけでなく、ふるさと納税をした人などがファンクラブに登録し、その数は約800人に上る。イベントには約30人が集まり、池田市長は坂井市の観光名所や特産品のアピールに余念がなかった。

「坂#会」で観光名所をPRする池田禎孝・福井県坂井市長

坂井市は16年から東京・品川にアンテナショップを出店し、23年に規模を拡大してリニューアルオープンした。県レベルのアンテナショップは数多いが、市町村レベルで展開するケースは珍しい。こういった地道な活動を通じて「北陸新幹線でつながる首都圏や長野県から客を呼び込みたい」と池田市長は話す。

北陸新幹線の延伸開業を「100年に1度の好機」と捉え、観光施設の魅力度アップ、知名度アップに取り組む福井県の企業と自治体。欠けた最後のピースは2次交通だ。

点在する名所をどう巡らせるか

福井県は自家用車の世帯当たり普及台数(23年3月末時点)が約1.7台と全国1位。北陸新幹線が停車する芦原温泉駅と三国港周辺を結ぶ乗り合いタクシーの運転手は「地元の者はみんなマイカーで移動するよ。電車もバスもタクシーも乗らないから、本数がどんどん減っている」とこぼす。

坂井市内には東尋坊と丸岡城という観光地があるが、この2つを直接つなぐ公共交通はない。福井市周辺には大本山永平寺(永平寺町)、福井県立恐竜博物館(勝山市)など、観光地が点在している。これまでの中心だった関西圏や中京圏からの観光客はマイカーでやってくるケースが多く、大きな問題にはなっていなかった。

しかし新幹線が中心となると、現地での足をどうするかという問題が出てくる。福井県が主導してツアー型の観光周遊バスを走らせる予定だが、自由に巡りたい観光客には向かない。池田市長は「タクシーの運転手不足が悩みの種。タクシー配車アプリの導入費用や2種免許取得費用の補助などを福井県に働きかけている」と話す。

日本に12しかない現存天守(新たに復元したものではない天守)の1つである丸岡城。同じ坂井市内の東尋坊とは離れており、公共交通機関での移動は容易ではない

福井鉄道(福井県越前市)は電車運転士の不足が深刻化し、23年10月に昼間時間帯の減便を余儀なくされた。北陸新幹線の延伸開業に合わせ、24年3月16日に普通旅客運賃を平均14.1%値上げしたが、その理由として「乗務員等人員不足解消のための賃金水準の確保に取り組む」ことを挙げている。新幹線延伸開業による交流人口が増えても、駅から出たところで観光客が「立ち往生」してしまっては地域への経済波及効果は一部にとどまる。公共交通の充実が、「おもてなし」の第一歩だ。

(日経ビジネス 佐藤嘉彦)

[日経ビジネス電子版 2024年3月7日の記事を再構成]